メーカーECで働き始めて、多くの人が最初に感じるのが「ECだけでは意思決定できない」ということです。売上を伸ばすために価格を下げたい。しかしブランド部門が止める。営業部門も難色を示す。
これは担当者同士の相性の問題ではありません。ブランド部門とEC部門は、見ている指標も時間軸も違うため、構造的にぶつかるようにできています。
この記事では、なぜ両者が噛み合わないのかを組織構造から整理し、EC責任者として何を設計すれば橋渡しができるのかを扱います。ブランドを守りながら売上を伸ばす施策そのものの考え方は別記事にあるため、ここでは組織の分断に絞ります。
この記事でわかること
- ブランド部門とEC部門が構造的に噛み合わない3つの理由
- 分断が最も表面化する「価格」で何が起きているか
- 両部門の違いを整理した対比
- EC責任者が設計すべき、判断のルールと共通指標
- 橋渡しがうまくいかない典型パターン
なぜブランド部門とEC部門は噛み合わないのか
見ている指標が違う
EC部門は売上・利益・CVRといった数値で評価されます。一方でブランド部門は、ブランド認知・価格の維持・世界観の一貫性といった、数値化しにくい要素で評価されます。
同じ施策でも、EC側から見れば「売上が上がった成功」が、ブランド側から見れば「安売りでブランドを消費した失敗」になり得ます。評価軸が違う以上、同じ結論に至らないのは当然です。
時間軸が違う
EC部門は月次・四半期で数字を求められます。ブランド部門が育てているのは、数年単位で積み上がる資産です。
短期の売上を作る打ち手ほど、長期のブランド価値を削りやすい。この非対称性が、両者の対立を繰り返し生みます。
責任範囲が重なっていない
EC部門はブランド価値の毀損について責任を問われませんし、ブランド部門はECの売上未達について責任を負いません。どちらも自部門の目標には誠実なのに、会社全体で見ると噛み合わない。
つまりこれは、担当者の意識ではなく責任設計の問題です。誰も悪くないまま分断が続く理由がここにあります。
分断が最も表面化するのは価格
ECが値引きしたい理由
モールでは同じ売場に競合が並びます。価格はCVRを最も直接的に動かす要素で、セールやクーポンは短期の売上を確実に作れます。さらにモール内の販売実績が順位に効くため、価格施策は露出にも跳ね返ります。
ブランドが値引きを避ける理由
一度下げた価格は戻しにくく、値引き前提の購買層が定着します。実店舗や卸先との価格差も生まれ、既存販路との関係を損ないます。ブランド側が慎重になるのは、EC単体では見えないこの影響を負っているからです。
どちらも正しいから決着しない
この対立は、どちらかが間違っているから起きているのではありません。両方が自部門の責任を果たそうとした結果です。だから議論を重ねても結論は出ず、最終的に声の大きい側や、その時々の力関係で決まってしまいます。
価格そのものをどう設計するかについては、メーカーECの売上を伸ばす4つの構造|施策より先に整えるべきことで扱っています。
両部門の違いを構造で整理する
| 観点 | EC部門 | ブランド部門 |
|---|---|---|
| 主な評価指標 | 売上・利益・CVR・ROAS | ブランド認知・価格維持・世界観の一貫性 |
| 時間軸 | 月次・四半期 | 数年単位 |
| 価格への姿勢 | 需要に応じて動かしたい | 原則として維持したい |
| 見ている顧客 | いま買う人 | ブランドを選び続ける人 |
| 負っているリスク | 売上未達 | ブランド毀損・販路との衝突 |
| 判断のよりどころ | 数字 | 方針とガイドライン |
並べると分かるのは、両者が対立しているのではなく別の問いに答えているということです。EC部門は「今月どう売るか」、ブランド部門は「5年後も選ばれるか」に答えています。
EC責任者は何を設計すべきか
判断のルールを事前に決めておく
個別案件ごとに交渉していると、毎回同じ議論を繰り返すことになります。有効なのは、案件が発生する前にルールを合意しておくことです。
たとえば「値引きは年間◯回まで」「割引率の上限は◯%」「モールのセール参加は事前申請不要、単独クーポンは要協議」といった線引きです。ルールがあれば、判断はその都度の力関係ではなく合意事項に基づきます。
共通の指標を1つ持つ
評価軸が完全に分かれている限り、議論はまとまりません。両部門が同時に責任を持てる指標を1つ置くと、会話の土台ができます。
実務で機能しやすいのは、売上ではなく粗利額や定価販売比率です。粗利ならEC側も値引きの影響を自分の数字として見ることになり、定価販売比率ならブランド側も売上の伸びを許容しやすくなります。どの数字をどう追うかは、ECのKPIとは?売上のどこに問題があるかを分解するための数字が参考になります。
橋渡しがうまくいかないパターン
よくある失敗
- 個別案件ごとに交渉し、毎回ゼロから同じ議論を繰り返す
- EC側が売上だけを根拠に説得しようとし、ブランド側の懸念に答えていない
- ブランド側が「ダメな理由」だけを示し、代替案を出さない
- 合意した内容が口頭で終わり、担当者が変わるとリセットされる
- 共通指標がないまま、どちらの主張が正しいかを議論し続ける
この記事で扱わないこと|次にどこを読むか
この記事は組織の分断を扱っています。ブランドを守りながら売上を伸ばす施策そのものの考え方は、ECとブランドの関係とは?ブランドを守りながら売上を伸ばすメーカーECの考え方で扱っています。
部門をまたいだ判断を担う立場そのものについては、EC責任者・マネージャーの仕事内容とは?EC担当者との違いを実務目線で解説を参照してください。
まとめ
この記事のまとめ
- ブランド部門とEC部門は、指標・時間軸・責任範囲が違うため構造的に噛み合わない
- 分断が最も表面化するのは価格で、どちらの主張も自部門の責任としては正しい
- EC部門は「今月どう売るか」、ブランド部門は「5年後も選ばれるか」に答えている
- EC責任者がやるべきは説得ではなく、事前のルール設計と共通指標の設置
- 粗利額や定価販売比率のような、両部門が同時に責任を持てる数字が機能しやすい
ブランドとECは対立しているわけではなく、役割が違うだけです。EC責任者に求められるのは、どちらかを勝たせることではなく、両者が同じ数字を見て判断できる状態を作ることだと私は考えています。
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