商品登録もページ修正も広告も、モールのイベント対応も社内調整も、気づけば全部ひとりでやっている。メーカーECではよくある状態です。そして、その状態が続くほど「この経験は外から見てどう評価されるのか」が分からなくなります。
先に結論をお伝えすると、1人で全部やっていたこと自体は、市場価値にはなりません。見られるのは担当した業務の量ではなく、その中で自分が何を理解し、何を判断し、何を変えて、どんな成果につながったかです。
一方で、1人体制そのものを否定する記事でもありません。メーカーECで1人体制は珍しくなく、その中で力がつく場面も確かにあります。ただ、本格的に売上を伸ばす段階に入ると、体制そのものが伸びしろの上限になることがあります。この記事では、支援する側とメーカー側の両方で見てきた範囲から、その両面を整理します。
この記事でわかること
- 「1人で全部やっていた」が市場価値として伝わりにくい理由
- 1人でも売上が伸びる会社と、伸びにくい会社の違い
- 実務は外に出せても、判断は自分に残すという考え方
- 売上が伸びたときに、1人体制が制約に変わる場面
- 自分の経験を「広さ」と「深さ」に分けて見る方法
メーカーECが1人体制になるのは珍しくない
これまで100社以上のメーカーのEC支援に関わってきましたが、EC担当が実質1人、あるいは他の業務と兼任しながらECも見ている、という会社はかなり多い印象です。特別に体制が弱い会社の話ではなく、メーカーECではごく普通に起きています。EC担当がなぜ広い範囲を抱えやすいのかという背景は、EC担当とは何をする仕事?仕事内容・スキル・キャリアを解説で整理しているので、ここでは繰り返しません。
ひとつ先に外しておきたい誤解があります。売上規模が小さいからタスクが少ない、ということはありません。商品登録と更新、価格の確認、在庫の調整、ページの修正、広告の設定と確認、モールのイベント対応、受注と問い合わせ、そして社内調整。ECはもともとやるべきことが多く、売上が1億円でも10億円でも、発生する作業の種類自体はそれほど変わりません。
つまり「まだ売上が小さいから1人で十分」とは言い切れませんし、逆に「1人体制だから駄目な会社」でもありません。1人かどうかより、その中で何が起きているかを見たほうが実態に近づきます。
「1人で全部やっていた」こと自体は市場価値にならない
1人で回してきた人ほど、経験を聞かれたときに担当範囲から話し始めます。商品登録から広告まで一通りやっていました、という説明です。間違いではないのですが、これは範囲の説明であって、成果の説明ではありません。
私が人の経験を見るときに重視するのは、どんな成果を出したかです。そしてもうひとつ、その成果が社内でどう評価されていたかも見ています。自己申告の成果と、会社がその人をどう扱っていたかが食い違っていることはあるからです。逆に言えば、この2つを自分で言葉にできる人は、担当範囲が広くても狭くても伝わります。
1人体制の人が不利になりやすいのは、比べる相手が社内にいないことです。自分の判断がどの程度のものだったのか、何が普通で何が工夫だったのかを相対化しにくい。だから「全部やっていた」という事実だけが手元に残りやすくなります。
何を実績として扱えるのか、売上以外に書けるものはあるのか、代理店が実行した施策は自分の実績と言えるのか。このあたりの整理と伝え方は、EC担当の「実績」とは?売上○%アップだけでは伝わらない経験の中身で扱っています。この記事では、その前段にある「1人で担当してきた経験をどう捉えるか」に絞ります。
1人でも売上が伸びる会社と、伸びにくい会社がある
ここは誤解されやすいところです。1人で売上を伸ばした会社には優秀な担当者がいて、伸ばせなかった会社の担当者は力が足りなかった。そういう話ではありません。支援側から多くのメーカーを見てきて感じるのは、担当者個人の能力と同じくらい、会社側の条件が効いているということです。
POINT
① 何を基準にやる・やらないを決めているか
施策を選ぶ基準が社内にあるかどうかです。提案が来るたびに場当たりで決めている会社と、何を優先して何を見送るかの軸がある会社では、同じ担当者が同じ時間を使っても結果が変わります。1人体制の場合、この軸が担当者の頭の中にしかないことも多く、そうなると担当者が変わった瞬間に判断がぶれます。
② 広告にどこまで投資できるか
資金力の中で、実務上いちばん差を感じるのは広告費です。担当者が良い施策を考えられても、投資できる金額に限界があれば、伸ばせる範囲にも限界があります。ただしこれは「広告費を増やせば売れる」という意味ではありません。投資できること自体は条件のひとつで、それだけでは成果になりません。
③ そもそも商品に売れる力があるか
商品力も大きく影響します。価格競争に巻き込まれにくい商品を持っている会社と、そうでない会社では、同じ打ち手の効き方が変わります。これはEC担当が短期で動かせる範囲の外にあることも多い要素です。
売上は、この3つと担当者の判断が組み合わさった結果として決まります。だから売上が伸びていないことが、そのままEC担当者の能力不足を意味するわけではありません。逆もまた同じで、商品が強く広告予算も潤沢な会社で数字が伸びたとき、その全部が自分の手柄だとは言いにくくなります。
自分の経験を説明するときも、ここは効いてきます。数字の増減だけを並べるより、どういう条件の会社で、その中で何を判断したのかを添えられたほうが、相手には伝わります。
実務は外に出せる。ただし判断は自分に残す
1人EC担当の話をすると、どこまで自分でやるべきかという論点が必ず出てきます。私の考えは、はっきりしています。
POINT
① 実務は外部に任せてかまわない
広告の運用、ページの制作、モール施策の設定作業。こうした実務は、代理店や外部パートナーに任せても問題ないと考えています。すべてを自分の手で処理することに、それ自体の価値はありません。
② 判断はメーカー側に残す
一方で、何に投資するか、どの商品を伸ばすか、どの施策を実施するか、代理店から来た提案を採用するか。こうした判断まで外部に預けてはいけないと考えています。ここを手放すと、施策は進んでも、なぜそれをやっているのかを自社で説明できなくなります。
③ 実務を理解しているほど、判断は強くなる
ただしこれは「メーカー担当者は実務を知らなくていい」という意味ではありません。むしろ逆で、実務を理解している人ほど判断の精度が上がります。広告の仕組みを知らなければ提案の良し悪しは分かりませんし、ページ制作の工数感がなければ無理な計画を立ててしまいます。
順番にすると、実務を理解する → 自分で判断できる → 実行部分は必要に応じて外部へ任せる、という形になります。実務の理解を飛ばして外注だけ増やすと判断ができなくなり、逆に全部を自分で抱えると、判断に使う時間がなくなります。
ここがこの記事でいちばん伝えたい点です。「全部自分でやれる」と「自分で判断できる」は別のことです。市場価値が高いEC担当者は、作業を1人でこなせる人ではありません。実務を理解していて、何をやるべきかを決められて、何を外に出すかも決められて、代理店の提案を評価できて、結果から次を考えられる人です。
本格的に伸ばす段階では、1人体制が制約になる
1人体制でも回ることは回ります。ただ、売上規模が大きくなり、そこからさらに伸ばしていこうとすると、必要なタスク量もはっきり増えます。チャネルが増え、イベントが増え、見るべき数字が増え、社内で通すべき話も増える。この段階になると、1人で抱えていること自体が伸びしろを止めます。
実務でよくあるのは、まず2人体制
本格的に伸ばしていくなら、私は2人体制が望ましいと考えています。実務でよく見るのは、Amazon担当と、その他モール(楽天・Yahoo!ショッピングなど)担当という分け方です。
この分け方になる理由は、モールによって仕組みが違うからです。セールの考え方、広告の種類と運用、検索で上位に出すための条件、価格競争の起き方。ECで売上を作る基本の考え方は共通していても、実際に動かせるレバーはモールごとにかなり違います。複数モールを1人で見ると、どれも浅くなりやすいのはこのためです。
専属を置けるようになったら、内製化も選択肢になる
売上がさらに大きくなり、人員を増やせるのであれば、Amazon担当、楽天担当、Yahoo!担当、その他チャネル担当というように、各モールに専属がいる状態が理想だと考えています。そこまで来たら、これまで代理店に任せていた運用を自社に戻していくことも検討の対象になります。
ただし、代理店を使うべきではないという話ではありませんし、すべてを内製化すべきという話でもありません。前の章と同じで、判断は自社に残したうえで、実行をどこまで自社で持つかを規模に応じて決める、という順番です。必要な人数も、売上規模、チャネル数、外部に出している範囲、会社の体制によって変わります。ECなら必ず2人以上、という決まりがあるわけではありません。
ナレッジは人ではなく、会社に残す
内製化を「社員が自分で作業すること」と捉えると、大事な部分が抜けます。私が重要だと考えているのは、ナレッジを担当者個人ではなく、会社に残すことです。
広告運用でどういう基準で配分を決めてきたか。どのセール施策がどう効いたか。検索対策で何を試して何が駄目だったか。価格を動かしたときに何が起きたか。代理店から得た知見は何か。うまくいった施策と、いかなかった施策。こうしたものが担当者の頭の中にだけあると、その人の退職や異動と一緒に会社から消えます。
本当の意味での内製化は、社員が全部の作業を抱えることではなく、ECを運営し判断するための知識が会社側に溜まっている状態だと考えています。1人体制はその逆で、知識が1人に集中しやすい。だから増員や役割分担は、作業を分けるためだけのものではなく、個人の経験を会社のものに変えていく工程でもあります。
自分の経験は「広さ」と「深さ」を分けて見る
ここまでを踏まえると、1人EC担当が自分の経験を見るときの視点は2つに分かれます。どれだけ広い業務に触れたかという広さと、その業務でどこまで自分が判断していたかという深さです。
1人体制は、広さが出やすい環境です。やらざるを得ないので、商品登録から広告、社内調整まで一通り触れます。一方で深さは会社によります。判断の基準を持てる環境なら深くなりますし、上から降りてきた施策をこなすだけなら、範囲は広くても判断の経験は積み上がりません。
広いが浅い、狭いが深い。どちらも実際にあります。そして転職の場で問われやすいのは深さのほうです。自分がどの業務をどこまで担当していたのかを一度書き出してみると、ここがはっきりします。業務ごとに整理する手順はEC担当のスキルマップ|実行・分析・設計の3つの力で経験を整理するにまとめているので、棚卸しはそちらを使ってください。
このまま続けるか、場所を変えるか
棚卸しをして深さが足りないと感じたとき、すぐ転職という話にはなりません。1人体制の場合、先に確認したいことがあります。
- いま代理店や上長が決めている判断のうち、自分に移せるものはあるか
- 増員や役割分担を、社内に提案できる状況か
- 自分が持っている知識を、会社に残す形にできているか
1人でやっているということは、裏を返せば社内に競合がいないということでもあります。判断の範囲を広げる提案は通りやすい場合があります。今の会社で次の経験を取りにいけるかどうかの見極め方は、今の会社でEC担当として市場価値を上げられる?確認したい5つの条件で整理しています。
そのうえで、このまま広く浅く続けるのか、どこかを深めるのかという方向性の話になります。何でも屋のまま行くか、特化していくかの考え方はEC担当のスキルの価値は目指すキャリアで変わるで扱っています。今の環境では判断の経験が取れないと分かったときは、メーカーECへ転職するとき何を見る?「次に積みたい経験」から会社を選ぶ方法で、次に積みたい経験から会社を選ぶ順番を整理しています。
まとめ|1人でやったことではなく、何を判断したかで見られる
この記事のまとめ
- 1人で全部やっていたこと自体は市場価値にならない。見られるのは何を判断し、何を変えたか
- 1人でも伸びるかどうかは、判断軸・広告への投資余力・商品力という会社側の条件にも左右される
- 実務は外に出してよい。ただし投資・商品・施策・提案採否の判断は自社に残す
- 実務を理解しているほど判断は強くなる。「全部やれる」と「判断できる」は別
- 伸ばす段階では体制が制約になる。増員や内製化は、知識を会社に残す工程でもある
1人でECを担当してきたことは、それだけでは強みになりません。ただ、その環境でしか得られないものもあります。全体を見渡したこと、限られた予算の中で優先順位を決めたこと、社内を1人で動かしてきたこと。これらは、どこまで自分で判断していたかを言葉にできれば、そのまま経験として残ります。
目指す形は、作業を全部抱えられる人ではありません。実務を理解したうえで判断を自分に残し、必要なところは外部を使い、規模が大きくなれば役割を分け、得た知識を会社に残していく。1人で担当している期間は、その入口だと考えています。
担当範囲は広いのに、どこまで判断していたか整理できない方へ
1人でEC運営を回していると、自分の経験が広さに寄っているのか、判断まで含めて深くなっているのかが見えにくくなります。担当範囲と裁量から現在地を整理したい方は、EC担当のキャリア現在地診断もご活用ください。所要時間は約3分です。
