EC責任者コース LEVEL5|事業を経営する
「来期は昨対120%で」。EC事業計画の話は、たいていこの一言から始まります。
高い目標を置くこと自体は悪いことではありません。事業を伸ばすなら、今の延長線より上の数字が必要です。問題になるのは、目標だけが上がって、それを達成するための条件が去年のままのときです。商品数も、広告費も、人員も変わらないまま、売上だけ2割増やす。これでは現場は打ち手を失います。
EC責任者の仕事は、経営から降りてきた目標を、必要な施策・必要な投資・必要な人員まで翻訳し、どのチャネルにいつ投資するかを決めて、その理由を経営に説明することです。この記事では、その流れを、メーカーで複数のモールを扱ってきた実務の目線で整理します。
この記事でわかること
- EC事業計画で最初に決めるのは「前年比何%」ではないということ
- 目標を、施策・投資・人員へ翻訳する手順
- 売上だけでなく新規獲得を見る理由と、指名検索と一般キーワードの分け方
- EC Career Lab版「モール成長フェーズ」(検証期・育成期・拡大期・成熟期)
- EC Career Lab版「モール投資判断モデル」(成長余地・ボトルネック・採算性・投資余力・機会費用)
- ACOSが悪化したときに広告を止めるかどうかの考え方
- 経営層に説明するときに何を用意するか
EC事業計画は「前年比○%」を決めることではない
事業計画の本質は、目標の数字を決めることではなく、限られた広告費・人・商品を、どこに、いつ入れるかを決めることです。売上目標は、その配分の結果として置かれるものです。
現実には、年間の目標が「昨対○%」という形で先に降りてくることがあります。それ自体は、多くの会社で起きる普通のことです。大事なのは、その数字を受け取ったあとに、次の4つをセットで設計し直すことです。
KPI
売上目標を、チャネル別・新規と既存・商品群に分解する。全体の数字のままでは、誰も動けません。
必要施策
その差分を埋めるのは、新規獲得なのか、リピートなのか、単価なのか、新しいチャネルなのかを決める。
必要投資
その施策に必要な広告費・販促費・商品・在庫を見積もる。ここで足りなければ、目標か投資のどちらかを動かす必要があります。
必要人員
誰がやるのかを決める。今の人数で回らないなら、外注するか、やらないことを決めるかのどちらかです。
この4つが揃って、はじめて計画になります。逆に言えば、目標だけが動いて、施策・投資・人員が去年のままの計画は、計画ではなく願望です。ストレッチした目標を置くなら、条件も一緒にストレッチさせる。それを経営と握るところまでが、責任者の仕事の範囲です。
EC責任者は、目標を現場の施策へ翻訳する
目標を分解するとき、いきなりモール別の売上に割り振らないようにします。先に「どこから売上を積むのか」を決めてから、チャネルに配ります。
| 積み方 | 主な打ち手 | 必要になるもの | 効き始めるまで |
|---|---|---|---|
| 新規顧客を増やす | 広告、モール内での露出、レビュー獲得、新規向けの販促 | 広告費、レビュー、商品ページ | 数週間〜数か月 |
| 既存顧客の再購入を増やす | CRM、定期・まとめ買い、同梱物、会員施策 | 顧客データ、施策を回す人 | 数か月 |
| 単価を上げる | セット販売、上位品への誘導、価格見直し | 商品企画との調整 | 比較的早い |
| 商品を増やす | 新商品の投入、モールへの品揃え拡大 | 商品部・生産・在庫 | 半年以上かかることもある |
| チャネルを増やす | 新しいモールへの出店、越境 | 人員、初期投資、運用体制 | 半年〜1年 |
ここで確認したいのは、効き始めるまでの時間です。年度の後半に立ち上がる打ち手で前半の目標を埋めることはできません。四半期ごとに、どの打ち手が効いている想定なのかを置いておくと、計画が現実的になります。
売上だけではなく「新規」を見る
事業計画の進捗を売上だけで見ていると、危険な状態を見逃します。特に注意したいのが、売上は目標を達成しているのに、新規顧客が取れていない状態です。
既存顧客の再購入で数字が積み上がっているとき、短期的には計画通りに見えます。ただ、新規が細っている状態が続けば、翌年の既存顧客が減ります。売上が落ち始めてから気づくと、立て直しに1年かかります。
月次で見ておきたいのは、売上のほかに次の数字です。
- 昨対比(売上・数量の両方)
- 新規率・既存率(購入者ベース)
- 新規獲得効率(新規1人を獲得するのにかけた広告費・販促費)
- LTV(リピートまで含めた1人あたりの売上)
- ACOS・利益(投資が利益を削っていないか)
- IMP・PV(そもそも見られているか)
- モール内のシェア、カテゴリランキング
IMPやPVは売上に直結しない数字として軽く扱われがちですが、売上が落ちる前に先に動く指標です。露出が減っているのに売上が保たれている場合、既存顧客が支えているだけかもしれません。
指名検索と一般キーワードを分けて見る
自社ECやSNS、テレビや店頭でブランドの認知が上がると、指名検索が増え、その一部がモールの売上として現れます。つまり、モールの売上には、モールの施策以外の要因が混ざっているということです。
可能であれば、指名キーワード経由と、一般キーワード経由を分けて見ます。分けると、次のように読み方が変わります。
| 状態 | 読み方 |
|---|---|
| 一般キーワードから新規が取れている | そのモール自体が、新しい需要を獲得できている |
| 指名経由ばかりが伸びている | ブランド側の認知施策の成果が流れてきている可能性がある。モールの伸びしろは別に確認する |
| 指名も一般も伸びていないのに売上が保たれている | 既存顧客に支えられている。新規の細りが先行しているかもしれない |
モールによっては、検索キーワードのデータを細かく取れないこともあります。取れない場合は、「分からない」と扱ったうえで、広告経由の新規数やIMPなど、代わりに見られる数字で判断します。分からないものを推測で埋めないことが、計画の精度を保ちます。
複数モールを、同じKPIで管理しない
Amazon・楽天市場・Yahoo!ショッピング・Qoo10。同じ商品を扱っていても、ユーザー層も、検索のされ方も、セールの重み、モール側の広告投資、ブランドとの相性も違います。同じ商品が一方では売れて、もう一方では動かないことは普通に起こります。
それにもかかわらず、すべてのモールに同じ昨対比、同じACOS基準を当てると、次のようなことが起きます。
同一基準で管理したときに起きること
- 立ち上げ中のモールが、効率の悪さだけを理由に投資を止められる
- 成熟したモールに、成長余地がないまま広告費が積まれ続ける
- モールごとの事情を説明できず、現場の努力不足の話に見えてしまう
必要なのは、モールごとに「今どのフェーズか」を決めて、フェーズに応じて見る数字と目標を変えることです。
EC Career Lab版「モール成長フェーズ」
フェーズは売上金額では決めません。売上が大きくても検証期のこともあり、売上が小さくても拡大期のことがあります。判断するのは、新規を取れているか、その取り方に再現性があるか、まだ取りにいける余地があるかです。
| フェーズ | 状態 | 主に見る数字 | やること |
|---|---|---|---|
| Phase 1 検証期 | このモールでどう売るかが、まだ確立していない | 商品力、品揃え、IMP、PV、CVR、広告、新規獲得、レビュー | 売れない原因を分解する。相性の判断を急がない |
| Phase 2 育成期 | 新規獲得の兆しがあり、投資で伸ばせる可能性がある | 昨対比 × 新規率 × 一般キーワードからの新規 × 市場余地 | ボトルネックを外しながら、段階的に投資する |
| Phase 3 拡大期 | 新規の取り方に再現性があり、市場にも余地がある | 新規獲得効率、シェア、ランキング、利益 | 広告・販促・商品・人員を投入してシェアを取る |
| Phase 4 成熟期 | シェアやランキングが高まり、追加投資での伸びが鈍い | 利益、ACOS、既存率、LTV | 利益を確保し、その利益を別フェーズのモールへ回す |
Phase 1|売れない理由を「相性」で終わらせない
検証期で一番もったいないのは、「このモールとは相性が悪い」と早く結論づけてしまうことです。相性という言葉は便利ですが、そこで分解が止まります。
他のモールで同じ商品が売れているなら、商品力の問題ではない可能性が高くなります。その場合は、商品力 → 広告 → レビュー → 検索のされ方 → ユーザー層 → モールとの相性、の順に見ていきます。相性だと判断するのは、ほかの要因を潰したあとです。
Phase 2|今のACOSだけで投資を止めない
育成期では、効率がまだ整っていないのが普通です。たとえばレビューが少なければ、同じ広告費をかけてもCVRは上がりにくく、ACOSは悪く出ます。
このとき見るべきなのは、時間軸です。レビューが増える → CVRが上がる → 広告効率が改善する → 投資を広げられる、という順番で効いてくるのであれば、今の数字だけを理由に止める判断は早すぎるかもしれません。逆に、レビューが増えてもCVRが動かないなら、ボトルネックは別にあります。
Phase 4|成熟は悪い状態ではない
成熟期のモールに「もっと伸ばせ」と同じ目標を置き続けると、利益を削りながら数字を作ることになります。成熟しているモールの役割は、事業全体に利益を供給することです。そこで得た利益を、育成期や拡大期のモールに回す。この配分こそが、責任者が持つ判断です。
モールへの投資を、どう判断するか
フェーズが決まっても、それだけでは投資は決まりません。育成期だから投資する、成熟期だから投資しない、と機械的に決めると、商品も人も足りないまま広告費だけが増えることになります。
投資を決める前に、5つのSTEPで順番に確認します。
EC Career Lab版「モール投資判断モデル」
成長余地|まだ取りにいける顧客が残っているか
昨対比、新規率、一般キーワードからの新規獲得、モール内シェア、カテゴリランキングを見ます。シェアが高く、ランキングも上位で、新規も頭打ちなら、追加投資の効果は小さくなります。
ボトルネック|伸びていない原因はどこか
商品力、品揃え、レビュー、広告、商品ページ、モール特性のどれが止めているのかを特定します。他モールでの同一商品の売れ方が、比較材料になります。原因が分からないまま広告費を足しても、同じ結果になります。
採算性|利益が残る形になっているか
利益、ACOS、新規獲得効率、LTVを見ます。ACOSが悪い=即停止ではありません。利益が残り、成長余地があるなら続ける判断もあります。赤字が続き、事業全体の足を引っ張るなら、縮小か停止を検討します。
投資余力|実行できる条件が揃っているか
広告費、販促費、商品、在庫、人員。市場があっても、売る商品がない、動かす人がいない、予算がないなら、現場だけでは伸ばせません。ここは責任者が用意する側です。
機会費用|同じ100万円、同じ1人をどこに入れるか
最後に、モールを横断して比べます。今いちばん売上が大きいモールが、次の投資先とは限りません。判断軸は、回収効率 × 成長余地 × 投資のタイミングです。
POINT
この5つは、順番に意味があります。成長余地がないところにボトルネックを探しても仕方がなく、ボトルネックが分からないまま採算性だけを見ると、止める判断しか出てきません。そして投資余力を確認せずに決めた計画は、現場で実行されません。
複数のモールを同じ項目で並べて比べたい場合は、ECモール投資判断シートを用意しています。自動で点数を出すものではなく、判断に必要な項目を1枚に並べるためのツールです。
ACOSが悪化したら、広告を止めるべきか
基本は、数字が悪ければ見直します。ただし「見直す」と「止める」は違います。判断する前に、その広告が何のための投資だったのかを確認します。
| 状態 | 考えられる判断 | 理由 |
|---|---|---|
| ACOSが損益分岐を超え、売上も新規も伸びていない | 縮小・停止 | 投資の目的が果たせていない |
| CVは弱いが、IMP・PVは伸びている | 目的を確認したうえで継続もあり得る | 認知の獲得など、別の目的に寄与している場合がある |
| ACOSは悪いが、レビュー不足という明確なボトルネックがある | ボトルネックを外しながら継続 | レビュー形成 → CVR改善 → 広告効率改善が見込める |
| ACOSは基準内だが、利益が残っていない | 値引き・ポイント・送料を先に見直す | 広告以外のコストが利益を削っている |
| 売上は伸びているが、利益が出ていない | 縮小を検討 | 売上のために利益を払っている状態が続いている |
利益をどう計算するか、損益分岐のACOSをどう出すかは、ECの利益管理とは?で整理しています。
売れていない原因が「現場」ではないこともある
目標に届いていないとき、原因が現場の運用にあるとは限りません。次のような状態では、担当者が何をしても限界があります。
- そのモールに出している商品数が少なく、売上を作れる対象が限られている
- 商品数が少ないため、広告に投じられる範囲も狭く、打ち手が増えない
- 在庫が確保できず、売れ始めた商品を伸ばせない
- 担当が1人で複数モールを持っていて、改善に使える時間がない
この状態で高い目標だけを現場に渡すと、施策の数だけが増えて、どれも中途半端になります。責任者が見るべきは、目標を達成できる条件を現場に渡せているかどうかです。渡せていないなら、商品部や経営と交渉するのが責任者の役割になります。
これは組織や人の話にもつながります。人を増やせば解決するとは限らないという点はEC内製化が失敗する企業の共通点で、外部パートナーとの役割分担はなぜ代理店管理は評価されにくいのかで扱っています。
経営層には、何を説明するのか
経営に説明するとき、モールごとの細かい数字をそのまま並べても判断はできません。必要なのは、判断できる形に整理された情報です。
| 伝えること | 具体的な中身 |
|---|---|
| 事実 | 各モールの昨対比、新規率、利益。データで確認できている範囲 |
| 解釈 | 各モールが今どのフェーズにあり、何がボトルネックだと考えているか |
| 仮説と限界 | 推測している部分と、今のデータでは検証できない部分を分けて示す |
| 投資の提案 | どのモールに、いくら、いつ入れるか。その根拠(成長余地・採算性・機会費用) |
| 必要な条件 | 商品、在庫、人員など、社内で用意してほしいもの |
| 見送る判断 | 今回投資しないモールと、その理由。やらないことを明示する |
特に「今のデータでは検証できないこと」を曖昧にしないことが大切です。分からないことを断定すると、その前提で意思決定が進みます。分からないと伝えたうえで、代わりに何を見て判断するのかまで示すのが、責任者の説明です。
EC責任者が作る事業計画の型
最後に、ここまでの内容を計画の形にまとめます。項目は多くありません。
EC事業計画に入れる項目
- 目標:全体の売上と利益。どちらか一方だけにしない
- 前提:商品数、在庫、人員、広告費の上限など、今わかっている制約
- チャネル別の現在地:モールごとのフェーズと、その根拠(昨対比・新規率・シェア)
- ボトルネック:モールごとに、何が伸びを止めているか
- 投資配分:どのモールに、いくら、いつ。投資しないモールも書く
- 必要な条件:社内に依頼すること(商品、在庫、人、予算)
- 進捗の見方:四半期ごとに、どの数字がどうなっていれば計画通りか
- 変更のルール:何が起きたら計画を見直すか
最後の「変更のルール」は忘れられがちです。計画は必ずずれます。ずれたときに誰がどう判断するかを先に決めておくと、期の途中で計画が形だけのものになるのを防げます。
この記事で扱わないこと|次にどこを読むか
この記事は、EC事業計画を作り、モールへの投資を判断し、経営に説明するところまでを扱いました。売上の分解やKPIの選び方はECのKPIとは?、中期のEC戦略そのものの立て方はEC戦略とは?、責任者の役割の全体像はEC責任者・マネージャーの仕事内容とは?で扱っています。
まとめ
この記事のまとめ
- 事業計画は「前年比○%」を決めることではなく、限られた投資をどこに入れるかを決めること
- 高い目標を置くなら、施策・投資・人員の条件も一緒に設計する
- 売上が目標通りでも、新規が取れていない状態はリスクとして扱う
- モールごとにフェーズが違うため、同じKPI・同じ基準で管理しない
- 投資は、成長余地 → ボトルネック → 採算性 → 投資余力 → 機会費用の順に確認する
- ACOSの悪化は見直しの合図。止めるかどうかは、投資の目的と利益で判断する
- 経営には、事実・解釈・仮説・検証できないことを分けて説明する
EC責任者の仕事は、施策を増やすことではなく、限られた投資と人をどこに置くかを決め、その理由を説明することです。どのモールに、いつ、どれだけ投資するのか。そこに自分の判断の根拠があれば、計画は経営と現場の共通言語になります。
EC責任者コース LEVEL 5|事業を経営する
この記事は「EC事業計画を作り、全体最適の意思決定を行い、経営層へ説明する」LEVELの一部です。
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ECモール投資判断シート|モールを横並びで比較する
自分の現在地を整理したい方へ
事業計画を作り、投資を判断し、経営に説明できることは、EC責任者として評価される力に直結します。いまの自分の強みと課題を客観的に把握したい方は、EC担当のキャリア現在地診断もご活用ください。所要時間は約3分です。

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